朝、起きられない罪悪感との折り合い
引きこもりの日常で、毎朝発生する、小さな敗北がある。
昼に目が覚めた時の、「また、今日も」という一言。
この一言で、起きた直後の数分〜数十分、動けなくなる。
朝起きられない=怠惰、じゃない
世の中は、「朝起きられない=だらしない」という前提で動いてる。
- 「規則正しい生活」
- 「早寝早起き」
- 「朝型が成功する」
この空気の中で、昼に起きる引きこもりは、自分を「だらしない」「怠惰」と定義することになる。
でも、引きこもりが朝起きられないのは、怠惰じゃない。
起きる理由がないからだ。
- 朝起きても、やることがない
- 朝起きても、行く場所がない
- 朝起きても、待ってる人がいない
- 朝起きても、楽しみがない
起きる理由がゼロの体は、起きるための推進力が発生しない。これは、生理的に当たり前の話。
怠惰の話じゃなくて、生体の省エネ機能が、ちゃんと働いてるだけ。
世間の朝と、自分の朝は、別時計
起きる時間について、自分が途中で気づいたのは、「世間の朝」と「自分の朝」は、別の時計で動いてるということ。
世間の朝: 6時〜9時 自分の朝: 12時〜15時
この2つは、物理的に別の時間帯。
世間の朝は、出勤・通学のための時間帯。引きこもりは、どちらにも参加してない。参加してない人間が、参加してる人と同じ時間に起きる理由は、本来ない。
昼に起きるのは、自分の生活サイクルの「朝」に起きてる、ということ。
この認識に変えてから、「昼起床=罪」という感覚が、ちょっと薄くなった。
昼起きの自分を、朝起きの自分と比較しない
ここで一番やっちゃいけないのが、「朝起きてる自分」(理想像)と、「昼起きの自分」(現在の自分)を比較すること。
- 「朝6時に起きたら、こんなに時間が使えるのに」
- 「朝起きれば、気分も健康になるのに」
- 「朝起きないから、人生が停滞してる」
これ、全部、幻の朝起き自分との比較。
幻との比較は、現実の自分を殴るだけの行為で、朝起きられる自分を引き寄せる効果はゼロ。
むしろ、「昼起きの自分」を「朝起きの自分」の劣化版と見なさない方が、結果的に生活が安定する。
夜型のまま回る仕事は、存在する
社会には、朝型が前提の仕事と、夜型でも回る仕事がある。
夜型でも回る仕事の例:
- 在宅ワーク全般: クラウドソーシング、Webライター、データ入力
- プログラマー・エンジニア: 完全裁量制の会社が増えてる
- デザイナー・イラストレーター: 納品ベースなら時間自由
- アフィリエイト・ブログ: 完全に自分の時間
- 動画編集: 納品ベース
- 夜勤: コンビニ、警備、工場
引きこもり的には、最初の5つが現実的。納期さえ守れば、何時に起きて何時に寝ても、誰にも文句を言われない。
自分は、昼の12時に起きて、夕方から作業して、夜中の3時に寝る、みたいな生活を、数年続けてる。これで、生活が回ってる。
朝型に矯正する必要は、なかった。
起きる時間じゃなく、起きてからの2時間を大事にする
もう一つ、自分が変えた考え方。
「何時に起きるか」じゃなくて、「起きてから最初の2時間を、どう使うか」。
朝型でも夜型でも、起きた直後の2時間が、一日の体調を決める。
- 起きたら、まず水を飲む(脱水は気分を下げる)
- 5分だけ、カーテンを開ける(光を体に入れる)
- 何か軽いものを食べる(空腹は気分を下げる)
- スマホは、起きて1時間は触らない(SNSで消耗する前に)
これを、昼12時に起きても、昼3時に起きても、起きた時間基準でやる。
「世間の朝」にやるべきこと、じゃなくて、「自分の朝」にやるべきこと。
これを切り離した時に、朝起きられない罪悪感が、だいぶ減った。
「世間の時計」を基準にする限り、ずっと負け
世間の時計(朝6時〜夜11時)を基準にすると、引きこもりは構造的にずっと負け続ける。
世間の時計:
- 朝: 出勤時間
- 昼: 働いてる時間
- 夕方: 帰宅時間
- 夜: 家族との時間
- 深夜: 寝る時間
自分の時計:
- 深夜: 一番調子がいい時間
- 明け方: 寝る時間
- 午前: 寝てる時間
- 昼: 起きる時間
- 夕方〜夜: 活動時間
この2つを重ねると、自分の活動時間は、世間の休息時間になる。世間が寝てる時間に動いて、世間が動いてる時間に寝てる。
これは、どちらが正しいとかじゃない。単に、別のリズムで動いてるだけ。
別のリズムを、自分のリズムとして認めると、朝起きられない罪悪感は、半分以上消える。
朝起きなきゃ、は、社会の都合
最後に。
「朝起きなきゃ」と思うのは、社会の都合が、頭に染み込んでるから。
学校が朝始まる、会社が朝始まる、周りがみんな朝起きる。これを10年20年繰り返すと、「朝起きないといけない」が、脳にハードコードされる。
でも、朝起きる必要のない生活をしてる人間にとって、朝起きるのは、ただのコストでしかない。
社会の都合を、自分の体に押しつけない。
自分の体は、自分のリズムで動いてる。それに合わせて、生活を組む。
昼起きて、昼飯食って、夕方から作業して、夜中に寝る。これが「自分の朝・昼・夜」。
社会の朝で起きようとして潰れるより、自分の朝で起きて普通に生活する方が、ずっと持続可能だった。
朝起きられないのは、治さなくていい。治すんじゃなくて、起きられる時間を、自分の朝と呼ぶだけで、罪悪感はほぼ消える。