自分の苦しさ

世の中全部が引きこもりになった、あの時期のこと

数年前、世の中全体が一時的に「外に出ない」状態になった時期があった。

ずっと引きこもっていた自分にとって、あれは妙な期間だった。

急に、自分と世間の差が消えた

緊急事態宣言とか、在宅勤務とか、休校とか。あのあたりの言葉が毎日ニュースに出ていた頃。

街から人が消えて、みんな家にいて、外に出ること自体が「良くないこと」みたいな空気になった時期があった。

その時、自分はもう何年も家から出ていなかった。だから生活そのものは何も変わっていない。変わったのは、自分の外側の世界のほうだった。

ずっと「自分だけが外に出られない人間」だと思っていたのに、ある日を境に、世間のほうが自分に寄ってきた。自分と世の中の差が、一瞬だけ消えたみたいな感覚があった。

「外に出ない」が、正しいことになった

それまで、外に出ないことは全部こっちが悪かった。

サボってる、甘えてる、逃げてる。そういう言葉が常に自分に貼られていて、家にいるだけで罪悪感があった。

ところがあの時期は、家にいることが推奨されていた。むしろ外に出るほうが眉をひそめられる側になった。

自分の行動は一ミリも変わっていないのに、それに付いてくる意味だけが反転した。「家から出ない」が、急に正しいことの側に移った

あの逆転は、今思い出してもちょっと不思議な体験だった。

みんな簡単に、こっち側に来た

そしてもうひとつ、はっきり覚えていることがある。

ふだん普通に働いて、普通に外に出て、普通に人と会っていた人たちが、わりとあっさり「外に出ない生活」に入っていった。

家から出ない。人と会わない。一日中、家の中で過ごす。自分が何年もやっていた生活を、世間の多くの人が短期間で始めた。

その様子を見ていて思ったのは、こっち側は、別に特別な人間だけが来る場所じゃないということだった。きっかけと状況さえ揃えば、ついこの前まで「普通」だった人も、簡単にこちら側に来る。

約2割が、コロナをきっかけに

このあたりは、自分の体感だけの話じゃない。

内閣府が2022年にやった調査では、引きこもり状態になったきっかけとして「新型コロナの流行(の影響)」を挙げた人が、約2割いたとされている(同じ調査で、広義の引きこもりは推計146万人)。

5人に1人くらいが、あの時期をきっかけに引きこもったということになる。

この数字を後から知った時、自分の中の何かがほどけた。普通に暮らしていた人が、外的なきっかけ一発で引きこもる。それが2割という規模で起きていた。

引きこもりは、もともと壊れていた特別な人間だけがなるものじゃない。状況が変われば、誰の側にも起こりうる。少なくともこの数字は、そう言っているように見えた。

異常者じゃなかった、という整理

自分が長く抱えていた思い込みのひとつに、「引きこもる人間には何か根本的な欠陥がある」というのがあった。

自分は欠陥品だから外に出られない。普通の人はそんなことにならない。だから自分は異常だ、と。

でも、あの時期に世間がまとめてこっち側へ来るのを見て、それから2割という数字を知って、その思い込みは少し揺らいだ。

きっかけがコロナだろうと、別の何かだろうと、人は条件が揃えば引きこもる。入り口がたまたま自分のほうに早く開いていただけで、人間として特別おかしかったわけじゃないのかもしれない。

これは「だから引きこもったままでいい」と開き直る話じゃなくて、自分を責める強度を一段下げる、くらいの整理だった。

ただ、世間だけが先に戻っていった

きれいな話だけで終わらせる気はない。

あの時期はやがて明けて、街に人が戻ってきた。在宅も解除されて、みんな当たり前のように外に出ていった。

そして自分は、戻らなかった。

一瞬だけ消えた「自分と世間の差」が、また開いた。しかも今度は、こっち側にいた人たちが次々と向こうへ帰っていくのを見送る形になった。あの取り残され感は、正直しんどかった。

「みんなはちゃんと戻れたのに、自分だけ」という、いつもの自責が戻ってきた。あの数字を知って一度ほどけたはずの思考が、また少し締まり直した感じがあった。

戻れなかったことも、特別じゃない

ただ、これも後から思ったことがある。

2割の人がコロナをきっかけに引きこもったということは、その中には、世間が戻った後も戻れなかった人が一定数いるはずだ。

自分だけが取り残されたわけじゃなくて、同じように「世間だけ先に戻っていく景色」を見ていた人が、たぶん全国にそれなりにいる

戻るタイミングは人によって全然違う。世間と同じ速度で戻れなかったことを、また自分の欠陥みたいに数えなくていい。少なくとも自分は、そう思えるようになるまでにずいぶん時間がかかった。

あの時期が教えてくれたこと

自分は結局、あの時期にすぐ動けたわけじゃない。世間が戻った後もしばらく家にいたし、外が怖い感覚も残っていた。

でも、ひとつだけ残ったものがある。

「引きこもりは特別な異常者がなるもの」という思い込みが、あの時期と2割という数字で、確かに薄くなったことだ。

普通だった人も簡単にこっちに来る。そしてその中には、すぐ戻れない人もいる。自分はそのうちの一人だっただけ。

異常だったんじゃなくて、条件と時間の問題だった。そう思えると、自分を責める手が、ほんの少しだけ緩む気がする。


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