引きこもり支援サービスを、結局使わなかった話
引きこもってた頃、支援サービスの一覧をPDFでダウンロードして眺めてた時期がある。
結局、自分はどれも使わなかった。
支援サービスの存在は知っていた
引きこもりに使える公的な支援は、調べると思ってるよりたくさんある。
- 地域若者サポートステーション(通称サポステ)
- 自立相談支援機関(生活困窮者自立支援制度)
- 就労移行支援事業所(障害福祉サービス)
- ひきこもり地域支援センター
- 各自治体の引きこもり相談窓口
- NPOや民間の伴走型支援
検索すると一通り出てくる。市区町村のサイトにはたいてい一覧が載っているし、厚労省のサイトにもまとまっている。
つまり情報には不自由しなかった。一覧を作ろうと思えば、ノートにびっしり書ける。
ただ、一覧を作ることと、そこに連絡することの間には、太平洋ぐらいの距離があった。
連絡できなかった、の中身
支援サービスの連絡先を見て、最初に折れる場所はだいたい同じだった。
- 電話番号がメインで載っている
- 「まずは電話でご相談ください」と書いてある
- メールフォームはあっても、最終的に対面か電話に流れる
- 対面相談の予約も電話
引きこもってる側のしんどさは、最初の一歩が電話であることが多い、という構造に集中している。
電話できる状態の引きこもりは、たぶんもう半分外に出ている。一番きつい時期の自分にとって、電話はコンビニより遥かに高いハードルだった。
メール相談を受け付けてるところもあったけど、結局二回目以降は電話か対面に流れる仕組みで、入口だけメールで、本体は電話/対面みたいな構造になっていた。
これに気付いた瞬間、一覧を眺めるのをやめた。
各サービスの、当事者から見たハードル
ざっくりだけど、自分が見ていたサービスのハードルを書いておく。
地域若者サポートステーション(サポステ)
15〜49歳が対象の、就労支援が中心のサービス。
- ハードル: 対面相談がメイン。予約は電話が多い
- 中身: 職業相談、職場体験、コミュニケーション講座など
- 当事者から見た難しさ: 通うことそのものができないと使えない。「外に出られる前提のサービス」に近い
サポステは「就労に近い人向け」で、家から出られない段階だと、自分には早すぎた。
自立相談支援機関(生活困窮者自立支援制度)
経済的にしんどい人向けのワンストップ相談窓口。
- ハードル: 各自治体に窓口があり、対面相談がメイン
- 中身: 家計相談、住居確保、就労準備など
- 当事者から見た難しさ: 役所に行くこと自体がきつい。郵送や代理人で進められる範囲もあるけど限界がある
経済的に詰まないと使う動機が出にくい、という意味では、緊急度が高くなった時用の選択肢に見えた。
就労移行支援事業所
障害福祉サービスの一つで、利用には主治医の意見書や受給者証が要る。
- ハードル: 主治医がいないと入口に立てない。通所が前提
- 中身: 訓練、就職活動サポート、定着支援
- 当事者から見た難しさ: 病院に通えていないと、そもそも書類が揃わない
これは「すでに精神科に通えている人向け」のサービスで、病院にすら行けてない自分は対象外だった。
ひきこもり地域支援センター
各都道府県・指定都市に設置されてる、引きこもり専門の相談窓口。
- ハードル: 入口は電話か来所が多い
- 中身: 本人相談、家族相談、訪問支援(アウトリーチ)もあり
- 当事者から見た難しさ: 電話のハードルは同じ。ただ家族相談の枠があるので、親が動けば話だけは進められる
これは比較的、家族側から動ける選択肢として有効に見える。
NPOや民間の伴走型支援
団体によってだいぶ違う。
- ハードル: 比較的フラットに話せるところもある。料金がかかる場合も
- 中身: 居場所提供、訪問、メール相談中心の団体もある
- 当事者から見た難しさ: 質のばらつきが大きい。合うところを探すのが大変
団体によっては、メール相談だけで何年も伴走してくれるところもあって、引きこもり側からすると一番敷居が低い選択肢かもしれない。
結局、自分が選んだのは「使わない」だった
支援サービスの一覧を眺めて、結局自分が選んだのは、「どれも使わない」だった。
理由は単純で、全部のサービスが、自分のいまの状態より一段か二段先のステップを前提にしていたから。
- 通えること
- 電話できること
- 病院に行けていること
- 役所に行けること
これらが揃っていない自分にとって、支援サービスは「使える人が使うもの」で、使えない自分はもう一段手前の何かが要る、と思った。
その「もう一段手前の何か」を、自分は家でひとりで稼ぐことに振った。ポイ活から始めて、少しずつアフィリに移っていった。これは別記事で何回も書いている。
これは「支援を使わない方が偉い」という話じゃない。自分の場合は、使わない方が結果的に楽だった、というだけの話。
使う選択も、使わない選択も、両方ある
ここで強調しておきたいのは、支援サービスを使うのも一つの正解で、使わないのも一つの正解、ということ。
- 家族相談から入って、訪問支援まで繋がる人もいる
- メール中心のNPOで、何年も伴走してもらってる人もいる
- 主治医の力を借りて就労移行に入る人もいる
これらは全部、本人にとって正解になり得る。「使うこと=社会のレールに戻ること」という意味じゃない。自分の状態に合う支援が見つかれば、それを使えばいい。
逆に、自分のように、
- 入口の電話のハードルが高すぎる
- 通所が前提のサービスは使えない
- 病院に行ってないので入口に立てない
- でも家にいる時間に何かやってればキャッシュは生まれる
という状態なら、使わないという選択も選択肢のうちとして成立する。
どちらが正しいか、ではなく、自分の状態に対してどっちがマシかという話。
「いつか使うかも」の余白だけ残しておく
支援サービスを使わないと決めた今でも、自分は一覧を完全に捨てたわけじゃない。
体調が悪化した時、親が倒れた時、生活が立ち行かなくなった時、「あの時のあの一覧があったな」を引っ張り出せる状態にしておくぐらいの距離感を保っている。
引きこもりの状態は、固定じゃない。今日使えないものが、半年後には使えるかもしれない。逆もある。
なので、
- 一覧は、一回作って引き出しの奥にしまう
- 普段は忘れて生きていい
- いざという時、引き出しを開ければいい
これでいい。
使わない選択も、ちゃんと選択
世の中の語り口は、たいてい「支援に繋がろう」「相談しよう」がデフォルトで、支援に繋がらない選択は「失敗」「孤立」みたいに扱われがち。
でも、当事者の側から見ると、支援に繋がらないという選択を、能動的にしている人は結構いると思う。
- 自分のペースを崩したくない
- 電話・対面のコストの方が、得られるものより重い
- 自分でキャッシュを作る方が、自分の状態に合っている
- 制度の言葉づかいに馴染めない
これらは全部、まっとうな理由だ。
支援に繋がらないことは、孤立とイコールじゃない。自分のペースで、自分の方法で、自分の状態を維持している、という選択でもありうる。
それも一つの形。繋がるのも、繋がらないのも、好きにしていい。
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