誰にも借りずに、最初の千円を作った夜
引きこもってた頃、千円が、果てしなく遠かった時期がある。
金額の話じゃない。「千円を、どこから持ってくるか」の話だった。
千円のハードルは、千円の価値を軽く超えてる
親に「千円ちょうだい」と言えば、たぶん出てくる。うちはそうだった。
でも、引きこもりが長くなると、その一言のハードルが、千円の価値を大きく超えてくる。
- 言った瞬間に、親の表情が曇る
- 「何に使うの」と聞かれる
- 黙って出してくれても、部屋に戻ったあと罪悪感が残る
- 次に同じことを言うのが、もう一段重くなる
千円を受け取るために払う心のコストが、千円以上になっていく。
途中から、千円を欲しがらなくなる。欲しい気持ち自体を、なかったことにする。
最初の千円は、金額じゃなく「出どころ」の話
ずっと、何かのタイミングで、親以外から千円を引っ張れないかと考えてた。
バイトは無理。面接が怖い。電話が無理。外に出るのが無理。この条件で「千円の出どころ」を探すと、本当に選択肢がない。
そういう時期に、たまたまスマホで「家にいて稼ぐ」系を検索して、ポイ活に辿り着いた。
最初の数日はよく分からなくて、アプリを落としたり広告を見たり、指示通りにポチポチやってただけ。
それで、気づいたら1,047円が、自分のアカウントに溜まってた。
千円が自分のスマホの中にあった夜
その夜の感覚は、今でも覚えてる。
金額は千円ちょっと。バイトなら1時間で稼げる金額。でも自分にとっては、
- 親に何も言っていない
- 外に出ていない
- 人と喋っていない
- それでも、自分のものになった金
この条件が揃った千円は、過去に自分が手にしたどの千円とも、違うものだった。
親からもらった千円は、もらうたびに自尊心が少し削れる。バイトで稼いだ千円は、人と関わるコストを払って取ってきた千円。ポイ活で出てきた千円は、誰も傷つけずに、誰にも頭を下げずに、湧いた千円だった。
千円が作れると、世界の見え方が少し変わる
千円が自分のスマホの中にあることが確定した瞬間、生活の空気が少し変わった。
- コンビニで弁当を買うかどうか、自分で決められる
- 漫画の新刊を、親に断らずに買える
- 髪を切る金を、少しずつ貯めていい
- 「今月ちょっと…」を、言わなくていい選択肢が増える
まだ千円しかない。来月も千円湧くか分からない。
それでも、「自分で金を引っ張れる回路が、自分の手元に存在する」ことが確定した、というのは、数字以上の意味があった。
引きこもりが抱えてる恐怖の多くは、「自分には何もできない」の一点に集約されてる。ポイ活の千円は、その一点を崩す最初の穴だった。
千円で外に出られるようになるわけじゃない
ここは正直に書いておきたい。
千円を自分で作れた翌日、自分は別に外に出られるようになっていない。コンビニも怖いまま。電話も無理。親に顔を合わせるのもしんどい日はしんどい。
千円は、人生を変えない。
ただ、「千円の出どころが親しかない」状態と「千円の出どころが自分にもある」状態とでは、同じ引きこもりでも、持ってる余白が違う。
余白は、直接何かを解決しない。ただ、息をするスペースを、ちょっとだけ作ってくれる。
千円は、勝利じゃなく、最初の痕跡
誰かに見せる必要のない千円。親に報告する必要もない千円。
引きこもってる自分が、自分の中だけで確定させていい、最初の痕跡。
千円が作れたから次は一万円を目指そう、という話ではない。千円のあと、ずっと千円のままで止まっていい。月にして1,000円が、数ヶ月続くだけでも、それはそれでいい。
千円の夜は、「ここから何かが始まる夜」じゃなくて、「ひとまずここで止まっても大丈夫な夜」だった。
止まらずに、次の一段を踏んだ夜の話は、こちらに置いておく。